カレーですよ4743(町田 リッチなカレーの店アサノ)永遠のカツカレー。

浅野さんに会いたくなった。会いたくなったので町田に行った。そういうの、いいでしょう。会いたい人に会って食べたいものを食べる、そう言うのが大事です。

 

 

カレーですよ。

 

 

昼間、スマートフォンの写真をみていたら2014年の今日、というリコメンドで浅野さんとわたしが一緒に写っている写真が出てきました。わたしの10年続く月刊男性誌連載の取材の時の写真でした。ということは撮ってくださったのは鈴木さんだな。そのあとも取材やテレビロケなどお願いしてお世話になりっぱなし。浅野さん、いつもありがとうございます。

そんなこんなで町田まで。

 

「リッチなカレーの店アサノ」

 

に久しぶりにやってきました。ひさしぶりでも変わることのないあの町田仲店商店街の、天井の低い、ごちゃついた感じになんだかホッとさせられます。ああ言う場所は本当に好きだしリラックスできます。自分の生まれなんかを意識します。こう見えて下町のがらっぱちだもんな、根っこは。

引き戸をくぐると浅野さんが「よーひさしぶりー」なんて淡々と答えてくれます。浅野さんが元気そうでうれしくてニヤニヤとしてしまいます。

さてと、注文せずとも出てくるのはアサノ名物、

 

「カツカレー」

 

スぺシャル美味しいカレーソースとこれまたスペシャルな銘柄豚、神奈川産の高座豚が使用されるカツレツはどちらも実に素晴らしものなのです。

高座豚、おいしかったのでちょいと気になって調べました。

高座豚は、高座の名前でピンとくる通り(ベトナム料理のカオス、高座渋谷をご存知か)神奈川綾瀬市、藤沢市周辺で生産される銘柄豚。

中ヨークシャー種由来の品種で昭和初期、質の良さから薩摩黒豚と並ぶ代表的銘柄豚だったのですが、生育期間が長く繊細であるため他種の育てやすい豚が主流になり1950年代には一旦消滅、幻の豚と呼ばれるようになっていたそうです。その後80年代半ばに品種改良を経て復活。とはいえ未だ生産農家が限られるため現在も流通量が少ない貴重品なのだといいます。そうかあ、やっぱり希少なのね。精肉で流通する数の少なさたるや、みたいな状況なのだとか。

そんな貴重な豚を浅野さんは淡々と事も無げに使ってカットレットを揚げてゆきます。「きめ細かく柔らかな肉質と脂のよさ、旨みが多い」という特徴を持つこの高座豚、大きいやつを目の前で揚げてくれる姿に見入ってしまいます。

さて、やってきたカツカレー。いつ見てもどう見てもアサノのカツカレーだなあ、と思うわけです。見ても食べてもこれと同じものは他にはないと確認できましょう。ブラインドテストでも絶対わかるここだけのカツカレー。

では、まずはカツを。

ああ、これ!なんだろう、なんなんだこの美味しさは。脂の旨さ良さがはっきりとわかります。肉のさっくりした食感。衣もシャリっと気持ちいいんですが、豚肉の歯応えが素晴らしい。肉自体がサクッ!なのよ、すごいなこれ。味も香りもしっかりといいもので、心から感心させられ、感激させられます。

そしてこのカツが本当に不思議なものでね、とにかくカレーに合わせなければいけないと思わざるを得ないバランスのものなのです。

 

実はテーブルにソースなども置いてあるのでカレーがかかっていない部分にソースをかけてとんかつとして食べることもできるんですが。

しかしながら頭の中で何かが警告を発するわけです。「そうではない、それは間違っている。」そういう呼びかけがどこかから響いてくるんです。で、試してみるとやっぱりカレーと合わせたいと思わされます。そういうふうに調整されて、意図というものがあるカツなんだなあ。

本当にこんなにカレーソースに合うとんかつがあるのかと仰天するわけですよ、毎度毎度。いや、とんかつという言い方はいけないね。これはカツレツです。カットレットなのですよ。

そもそも「とんかつカレー」と「カツカレー」は違う種類の食べ物なのをご存知かな。まず由緒正しきカツカレーは肉が薄いんです。それはとりもなおさずカツカレーのカツが洋食のカットレットを祖としてやってきたからに他ならないわけです。

トンカツカレーから必要ない要素を削いでいくと、本物のカツカレー、アサノのカツカレーにたどり着くと考えています。それはつまり、バランス。トンカツカレーはとんかつ乗せカレーのこと。カレーも不必要にどろどろのやつでね。どろどろのカレーが悪いのではなくて、そのカレーをカツと合わせるのはちょっと待て、という事なんです。よく絡むではないか、という人もいるでしょう。絡みすぎなんだよね。トンカツもカレーも強い味の食べ物で、両方の主張をバランスよく作ってやらないと味と食体験が破綻すると思います。だからどちらからも「削ぐ」のです。破綻を楽しむならとんかつカレーでいいのかしれません。

 

衣の厚みを削いで、肉の厚みを削いで。カレーソースの粘度を削いでやって、味も濃くて深くてもう大変というところから不必要なものを削ぐんです。そうやって手探りして削いでいった果てに、この美しいカツカレーはあるのではないか、そんなふうに思っています。

カレーソースの中で煮込まれた豚が、また絶品なんだよ。とろける脂、噛み締めると染み出す旨味。とんかつなしのカレーライスだったとしても素晴らしいものです。

カツカレーと言う体をなしているこのお皿の上の食べ物。分解して一つ一つの要素に分けて確かめてみます。

カツがうまい。カレーがとてもうまい。カレーソースの中に入っているポークがまたすごくうまくて。同じくジャガイモもにんじんもインゲンもみんな一つ一つ手が掛かっていてうまいんだよ。そして白ご飯もうまい。ついてくるお馴染みの漬物もうまい。うーん、本当に全部一つ一つのパーツがちゃんとしているねえ。

そしてそれらのバランスが拮抗してあのリッチなカレーの店アサノのカツカレーをささえているわけです。ああ、もうこれはちょっとした芸術品。わたしはそう思っています。

恥ずかしながら、あの水野仁輔氏の言葉が頭に浮かんでしまったよ。要約すると「アサノでカツカレーを食べ終わって店を出て駅に向かう途中に店に引き返してもう一回食べてしまおうかと感情の高ぶりを覚えた」というお話、あれは至極真っ当な感覚ではなかったのか、と感じるわけです。読んでいらっしゃる皆さんは面白おかしく書いてあると感じるかもしれないけどね、違うんだよ。あれは本当のこと。本気で2皿目を行きたいと思ってしまった、わたしも。こんなカレーはそうそうないよ。

 

それに加えて浅野さんの雰囲気、キャラクターもとても良いのです。親しみやすく飄々としていてしかし、信ずるものを1つ、確実に持っていらっしゃる男。それが浅野さん。

先代がお亡くなりになってから早6年経つとききました。現在息子さんは下町のとある洋食店に修行に出ていらっしゃるそうで。アサノ、安泰です。3代にわたって一子相伝、受け継がれるその味が間違いのないものとして時代を越えていくのが見えるようです。

そんなことを書いているわたしは、白状すれば私欲しかない男なんです。それはつまり現店主の浅野さんがお元気で長くカレーを作り続けてくださればもちろん大満足なのですが、万が一何かあって引退されてもその血脈は保たれるわけです。つまりわたしは死ぬまで「リッチなカレーの店アサノ」のカツカレーが食べ続けられると言うこと。

 

これを私利私欲と言わず何というか。これでいいのです。ああ、すばらしい。