久しぶりに行きたい店がありました。いや、たくさんあるのだけどね。ところが最近では店主と仲が良ければ良いほど行きづらくなっています。それはおかしいじゃないかと言われるかもしれないですけどね。ちょいと理由があります。
カレーですよ。
難聴を患っておりまして、聞こえがひどく悪く会話がしづらいんですよね。だから、知っている店に行きづらい。行けば仲良しの店主とおしゃべりになるに決まってます。それで生返事をするのはつらいよなあ。カレーの味どころではなくなるわけです。
そんなわけで、この日はお忍びの小岩、
「サンサール」
そっと入るとどうやらウルミラさんの姿が見えない。
これ幸いと(コックさんにはなんとなく顔バレ感もあった/笑)キッチンの影の奥の席にそっと座ってディナーの
「ダールバート」
を頼みました。
さて、今日のダールバート、どんなでありましょうか。
ご存知のネパール定食、ダール(豆煮込み)とバート(ご飯)にタルカリ(おかず類)にアツァール(漬物)がつく、まさに定食。その時によってカレーもおかずも変わるわけです。
まずはダールに驚かされます。
ダールは豆カレーと意訳されることが多いですが、最近はそれは違うのかもしれないと考えます。カレーではなくて豆煮込み。そして味やらなにやらにかなり大きな幅があります。今日のサンサールのダールは、誤解を恐れず表現すると「甘くない汁粉」のような感じを受けるものでした。ええっと驚く人もいるよね。つまり豆の味がきちんと出ていてスパイスはそれを後押しする程度、という感じ。そう表現しても頷いてくれるひとは多いんじゃないかなという味なんです。これ実にいい。具の多い豆スープだこれ。スパイスは強く効かせず穏やかで、素材本来の味と香りが残ります。これに甘みを加えたらまるで汁粉のようだな、と感じるんだよ。ああ、とても面白いぞ。
マトンの煮込みだね、これは。
強く野生味が前に出る、ちゃんと肉の個性を殺さない堂々たる調味と香りで震えがくるぞ。これは濃厚、これは強い、楽しい。肉も塊のすごいやつ、骨つきのワイルドなやつがどかどかと入っています。肉を食ってる、それもなまっちょろいものではない、と感じさせる楽しさと手応えがありました。ちょいと冷ましてしまったんですが、そういうときもクセが悪さをしてこない。香り、味がきちんと調教されているのです。これはすごいと感心します。
スパイス仕立ての貝の煮込みに大いに驚かされました。
itudatte
うーん、まったく素晴らしいバランスと、味。これもすごい。破壊力がすごい。なんだこれは。アサリの剥き身かしらこれは。こういうクセのある食材をサラリとモノにしていて凄みを感じてしまいます。仕事のクセで頭で考えながら食べることも多いんですが、そんな時、脳が素直に直線的に味を受け取らない時があります。そこに老眼も加担するんだよ。困ったもんです。
おやこれ、モツ、と初めのほんのちょびっとのひと口目に思ったんです。それは複雑な旨味と少しの苦味とえぐみからくるもの。いや、違うぞ、磯の香りがするな。これは牡蠣かな?いやいや違う違う。牡蠣じゃない。けど貝か。アサリのむき身か。こんなに強いのか、海の味。そんなふうに舌と頭がフル回転させられる面白さがあったんですよ。ゆで卵と合わせるのもいいセンスなんです。クセを上手に殺さず少しだけ抑えてくれる。これは良いバランスだねえ。旨かったなあ。忘れ難いです。
アツァールは豆がパリパリ、セロリパリパリ、にんじんポリポリで楽しいパリポリの浅漬けです。ああうまい。ああ楽しい。そして合わせやすいです。これもいいねえ。
そっと食べて立ち去ろうと考えていたんですが、食事中盤でウルミラさんに捕獲されました。見つかっちゃった(笑)とても喜んでくれました。しきりに「来ているなら教えてくれればいいのに」と何度も繰り返されてちょっと怒られて、怒られるのが嬉しくて、しかも恐縮してしまうんです。
「もうお腹いっぱいなの?」とウルミラさんが何度も聞いてくれます。ここでまだまだいけるとか言ったら大変なことになるのが目に見えています。うん、要注意。実際にお腹はいっぱいであったこともあり、大丈夫、大丈夫と繰り返しましたが。
そう言ったのにもかかわらず、ウルミラさんが小声でそっとコックさんに何かを言っています。もちろん良い予感しかしないわけですが。出てきたのはチャトニでありました。おお、2種類。
その二つのチャトニはゴマとトマトのチャトニと、メティを使った緑色の青々しい香りが爽やかなものの2種。
いいなあ。ごはんやおかずに混ぜて食べたい、、、とか間違ってもこの場で言ってはいけません。危ない危ない(笑)
チャイまで出していただいて、その心づくしに胸が幸せでうずうずと疼きます。
やっぱりウルミラさんのことが大好きだよ。昔から思っていたのですが、何かどこか惹かれるものをいつでも感じます。優しいお母さんのような、素敵な恋人のような、女の人らしい女の人。そんな人だなあといつでも思っています。ずっと好きなまんまです。
お店に入ったのはちょうど20時。時節柄の規制でそれはつまり1時間でお店を出なければいけないと言うこと。まったくもって腹立たしい、covid19のせいなわけです。ウルミラさんがいいからいいからと引き止めるの振り切って、立ち上がりました。僕がここに残っているとサンサールというお店が迷惑をしてしまうから、それはいけないよ、と諭してみたりなだめてみたり。それさえもが楽しくてついつい長居をしたくなるわけで。ああ、困ったものだ(困ってない)
コックさんたちとウルミラさんにさよならをして、またすぐこなくちゃな、と思って。
ここはいつ来ても、ずっと特別な場所のままなのです。