カレーですよ4794(湯島 アトリエデリー)都心にレストラン併設のスモールファクトリーを作る、といコンセプト。

わたしが長く続けてきた月刊男性誌の連載記事、連載を始めてからもう10年たちました。カレーコラムとして国内最長連載を日々更新しています。ちょいと下世話な、ジャンルとしては週刊プレイボーイ誌と同じジャンルになる我が媒体、「エキサイティングマックス!」。グラビアが多くを占める誌面ではありますが、ほかにも政治をパロディにした漫画連載やフィルムカメラを趣味にするテーマの連載、芸能、スポーツなどの記事も幅広く取り扱っています。

 

 

カレーですよ。

 

 

媒体はグラビアメインの月間男性総合誌で、いままでも数々の有名店の店主様が取材を快諾をしてくださいました。なかなかこれがおもしろくてね、老舗ほどOKを出してくれやすくて、新しくておしゃれにやってる所は断られたりします。

老舗ってね、何しろ昔からやってるわけで。昔から取材を受けてるわけですよ。

 

ダンチュウ以前と以降変わったとわたしは考えていますが。昔はね。グルメ関係メディアなんてほんのちょびっととしかなかったし、たとえばいわゆるタブロイド紙。東京スポーツとか夕刊フジとか。ああいう新聞はだいたいスポーツ以外の記事が後ろの方に載ってて、紙面の扱いはエロと食が同じページとか見開きの右と左で載ってたりとかで、とにかく扱いがそういう感じで。だから昔からお店をやっている人は屁でもなくOKをくれるわけです。

若い店主でこだわった店作りなんかやってるとやっぱり取材のイメージはダンチュウなんかを基準にしているからうちみたいな雑誌はいやなわけです。わかる。そういう時代ですからね。

 

そんなこんなで社内のコンプライアンスもあればなにもある現代。とにかく取材に協力いただいてるお店には感謝しかありません。

連載116回でおじゃまをした、湯島の、

 

「アトリエ デリー」

 

ご存知「デリー」の新業態です。

コロナの禍中でわたしたちの日々の行動や消費、経済は驚くほど変化しました。

カレー業界だって例外ではないわけです。外食率の縮小と、これはコロナ関係なく進んでいた食に対しての成り立ちやストーリーを求める傾向。その中で「作り手や食の可視化」というものが求められる時代になったなと思っています。

コロナの逆風吹き荒む2021年の秋に田中社長にお願いをして、取材の快諾をいただきました。

デリー上野店からほど近い、懐かしい雰囲気の町の、飲み屋街の一角にあるお店です。

 

お店です、と書きましたが単純な店ではないんです。店内5席しかない小さなお店には大きな可能性が秘められていました。ここ、食事ができるんですけど、お客さんで入れるんですけど、小さな食品工場なんですよ。本拠地、デリー上野店隣接のスモールファクトリーということです。そこにお客が少しだけ座れる席が用意されています。

わたしはね、これを見た時に、そうか、お客も(しらぬまに)参加して食品企画と製造に加担する場所だな、と思ったんんですよね。だって厨房の中にはデリーOBも含め、腕っこきのメンバーと社長(田中社長)、専務(源さん。田中社長の息子さんで三代目に当たる)がいて開発と製造に当たってるわけですから。その場でその「デリーの頭脳」というべき人に感想を述べられるわけです。こんなに面白いやり方はそうそうないでしょう。いわばデリーの頭脳と心臓を兼ねる場所です。店。店だけど、ラボでありファクトリーであるのです。

これね、カレーの「オーシャンズ11」じゃないか、そう思ったんですよね。カッコいいなあ。

田中社長にうかがうと「都心にレストラン併設のスモールファクトリーを作る」といコンセプトなのだそう。田中社長と田中取締役が続けるプロジェクト「たまに食べるならこんなカレー」やシーズナルメニューの開発・製造などを担う場所です。メニューは上野店、銀座店とは異なるオリジナルメニュー。「訪れる度に違った味を楽しめる。」と言うコンセプト。

この取材の時はまだメニュー検討の最中だったクリスマスディナーセットに入る「シーフードビリヤーニ(ビリヤーニ用グレービー別添)」を食べさせてもらいました。タコとエビの出汁が強く効き日本人好みでクセになるやつで圧倒されましたよ。

同じセットの「ラムのシークカバーブ」に添えられた「ゴアのペリペリソース」も実に秀逸でね。酸味とコクで何に合わせても美味しさを倍増させてしまうすごいアイテムで、もちろん後で湯島の上野店に寄って買って帰りました。

「調理が見られるレストラン併設の食品工場、規模の大きい工場での蓄積を生かし、スピード感があり小回りも効くようになります。都心の小さな食品工場という可能性を多くの人に見てもらいたい」と田中社長。

コロナ禍の向こうにある光を老舗デリーが見せてくれる場所。

モノを売る場所からコトを売る。そういうシフトがあるわけです。意味のある食べ物、理由がある食べ物、バックボーンとストーリーが必要な現在、それを作り上げることが可能になる、都心に製造工場を持つというスタイル。それを作り上げるのがこのプロジェクトの根幹なのだと理解しました。

若輩が勝手なことを申しますが、田中社長はああ見えて負けん気の強い方なんじゃないかと想像しています。

その闘志が腹の中に透けて見えてきます。