夜遅く、23時をまわっていただろうか。カーンさんに会いに行きました。甲州街道沿いのオフィス街、文化女子大の隣という難しい立地。が、深夜この店を頼りにしているお客は多いのです。
わたしもそのひとり。
カレーですよ。
その晩は何人かお客がいました。深夜23時を回ったくらいでした。喫食はしていないムスリムのお客たち。つまりお店のお客さんではなくカーンさんの友人たちです。
お店は規制のため21時にはお客がみんな食事を終えて出てゆきます。その後、お弁当、持ち帰りだけの営業が深夜まで続きます。カーンさんは淡々とそれをこなしています。そんな中で、ここ西新宿の、
「パトワール」
に友人たちが足を運んでくれるのはきっとうれしいだろうね、カーンさん。わたしもそのひとりになりたくてお店に足を運ぶのです。
マスクをちょいとずらして一瞬だけ顔を見せるとオッという顔でニコニコしてくれます。
もちろんお弁当を買いました。大好きな
「C弁当」
だよ。
たしかキーマという名前はついているようですが、これは「パトワール新宿店」だけのオリジナルだと感じます。粘度高い少なめのグレイヴィで炒めたピーマンと玉ねぎが入るキーマカレーはあいも変わらず大変好み。なんというか、クセになるんです。以前連載誌のインタビューで聞いた話しを思い出します。
カーンさんは本当は、作り置きのグレイヴィを用意したりして楽にやりたいんですよ、と話します。お店の物理的狭さで如何ともし難い冷凍庫や冷蔵庫の置き場所。冷蔵保存できる食材が非常に限られるからカレー類などは、ほとんど注文ごとに一から作るというオペレーションなんです。それはつまり、だからこそのこのおいしさとフレッシュさにつながっているわけです。必然として味がついてくるという成り立ちはなんとまあ、面白い。
少し昔のインドやパキスタンの町場の食堂と同じと言うことではあるまいか、そう考えられるのです。そのことを言うとカーンさんは笑いながら少し肩をすくてみせました。そんなことを思い出したんですよ。カーンさんの腕とパトワール新宿店の環境で、料理がとてもうまいんです。
この晩はパトワールの社長が来ていました。
たまに深夜、カーンさんと話しをしているのを見かけることがあります。穏やかな紳士という感じの方で、珍しく社長がわたしに話しかけてきます。美しい日本語で「いつもどうもありがとうございます。彼から話しを聞いています。店のことをよく書いてくれてありがとう。」いえいえどういたしまして。おいしいから、好きだから書いているだけなのです。西荻窪に住んでいた時はよく吉祥寺の店にも行きました、など楽しいおしゃべりがひとしきり続きました。
厨房ではカーンさんがボウルのような鍋でチキンを炒め、そこにマサラや生姜、トマトなどが放り込まれてどんどんカレーの形になってゆきます。プライヤー的な道具で把なし鍋の縁を掴んでグルグルと回しながら炒めていくんです。いつでもその手際に目を奪われ、なんという楽しく素晴らしい光景かと楽しくなります。
弁当は2つ頼みました。妻の分もという方便を使うんですが、せめてすこしでも一人客の単価を上げてやろうと苦心するわけですよ。それくらいはしたいもの。このお店が好きでカーンさんが好きだから。
でもこれまたいつもどおりややこしくなるんだよ(笑)。カーンさんはそんなわたしになんとかサービスをしてやろうとたくらんでくるわけです。この夜はラッシーを2杯つけてきました。うむむ、せっかく弁当を2個にしたのにこりゃあいかん。いかんのであるけどカーンさんは止まらない。
それで、お会計の時にうまいこと札で少し多めに出して釣りをいらぬと受け取りを拒否するんです。そいういう深夜のおもしろいルーティンを楽しみに来ていると言ってもいいかもしれないな。
こういう時間とカーンさんの笑顔が愛おしい。わたしはカーンさんのことが大好きなのです。