学生の街にはちょっと良い喫茶店兼洋食店があることが多かったと記憶しています。昔の話し、ね。学生たちの溜まり場、隠れ家、会議室。そんな場所が大学のそばにいくつもある時代がありました。
カレーですよ。
今はどうかわからないですけど、時代的にそういう場所もモダナイズされているのではないかしらね。そういうお店が建物的に本当に古くなって仕方なく改築とかあると思う。そういう時期を大きく過ぎている現在でもまだ現役のお店があって嬉しいもんです。
そういう、何もいじらず変えずで現在も大学のそばで長く営業を続けるお店には昔の学生街の空気感が残っていたりします。とても貴重ないいものです。そういう空気みたいなもんを落穂拾いなどするのはちょっといい趣味ではないしら。
極私的な好みですが、とにかくこういう古色蒼然とした空間は居心地が良いので大好物であるよ。ジャパニーズキッサの、ある一部方向での達成点ではないかと感じるのです。ここは、明大前。
「はんばあぐはうす ぐずぐず」
時間をかけてそういう種類の場所となりました。
テーブル席の低い背もたれの小さな椅子、喫茶店的小サイズの天板の傷も愛おしい木のテーブル。壁一面の本も、天井の舞台照明も、カウンターの不揃いの椅子も、何もかも愛おしい。空間に凝縮感を感じてなんというか、自分もここの空気になってしまいたいと感じ、溶け込んでいきます。
カレーがやってきたよ。いくつかあるカレーのメニューから選んだ、
「ドライカレー ギリシア風」
です。
ねっとりしたドライカレーです。ゴリッと強く深く濃い味でかなりの辛さのインパクト。なんだかカレーおじやという体を感じさせます。個性的だなあ。好みは分かれると思います。そこに甘くて少し酸っぱいミートソースがたっぷりなみなみとかかっているんですよ。そうなの、かかってる赤いやつはカレーじゃないんだよ。ミートソース。なんか面白いなあ。反射的にかかってるやつがカレーと認識するんだけど、本体はごはんなわけです。
そしてこの組み合わせたるやね、たまらんものがあるよなあ。辛さでたらたらと鼻水を垂らしながら喰らうこの甘いけど辛いやつ。たまらぬ快感。
いい、いいなあ。汗よ、もっと出ろ。
わたしのテーブルの目の前のカウターでは松本零士先生描く海賊船の乗組員のような、いや、松本先生そのもの的な老男性がモニターに向かい、インターネット自由自在の閲覧を続けます。モニター丸見えなんですが意に介することまったくなく、自由にYouTubeなどを検索してらっしゃいます。宇宙海賊船と四畳半がないまぜになったようなこの愛しい空間。たまらぬものがあるなあ。
どうやらこの方がご店主。注文が入ると曲がった腰を上げてゆっくりと厨房に向かい、料理を仕上げると戻ってきて自分のキャプテンシートにまた腰を据えます。なるほど、この人がこの船の艦長か。キャプテン、僕もこの艦(フネ)に乗せてください。
はるか昔に水野仁輔氏が行きつけだったとかなんとか、そんなことを聞いた記憶があります。いや、間違いかもしれない。ちょっと思い出せません。時間は止まったまま、しかし永遠はないからね。最近は切実にそれを感じます。星の海の航海はいつか終わるのです。店も、自分も。
だからまた行かないと。