もちろんこの状況下になるなど店をオープンすることを決めたタイミングでは想像だにしなかったはずである。
しかし、カピラさんは強かった。前を見て進む男であった。
カレーですよ。
神田神保町にカピラさんが店を出す話は数ヶ月前に聞いていた。それで、そんな中、こんな昨今となってしまった。自粛、籠りの嵐の中の新店舗の船出である。どれだけ大変なのか、想像もつかないくらいだが、カピラさんは笑ってそれらを乗り越える。そういう男なのだ。
出かけてみると、新生、
「スパイシービストロ タップロボーン 神保町店」
は、わたしのフェイバリット、靖国通り沿いのボーイズカレーの裏手にあった。
静かな通りだが都営新宿線神保町駅から至近である。オフィス街という立地。これはいいのではないだろうか。
翻る特大のスリランカ 国旗、大きな店頭のロゴがスタイリッシュ。
カレー店とは違う、しかしスリランカ レストランという狭い範囲の雰囲気でもない、洒落ていて自由な空気がある店に仕上がっていた。
たくさんの花でいっぱいの店頭、扉を入るとカピラさんが笑顔で迎えてくれた。「今日くらいにくるんじゃないかと思っていましたたよ!」と手招きしてくれた。店内も洒落ていて気分がいい。
さて、ランチで頼めるものはなんだろう。
メニューを見ると、おや、ランプライスもあるではないか。昼からバナナの葉に包まれ蒸し焼きにされたランプライスが食べられる。なんということだ。タップロボーンは東京では(多分スリランカ でも)特別な、ランプライスがいつでもメニューに載っていて食べられる、という状態を作った先駆けの店なのである。まったくご機嫌なメニューラインナップだ。デビルライスやジャパランカカレーなどタップロボーンらしいメニューがラインナップされる。日本人にわかりやすい内容のスタンダードな900円台のランチも用意されていて、抜かりがない。
さてわたしはこれ。スリランカ家庭の味、とサブタイトルが入る、
「アーユルヴェーダ・ラトゥキャル ワンプレート」
を注文。これがなかなかにすごいものなのだ。
まずはじめにコンソメスープ風のスープがやってきた。
黒胡椒が強く効いたクリアスープで、野菜がたっぷり入っている。大変においしい。これは後で役に立つので全部は飲みきらないように注意した。
さあ、ラトゥキャル ワンプレートがやってきた。
ラトゥキャルはスリランカの赤米のこと。栄養価が高く香りが良い。わたしがスリランカ にひと月仕事で入っていたときに、ローカルのコックさんが「赤いお米は栄養がたっぷりなので特別の時や体が弱っている時なんかに食べるんだよ」と教えてくれたことを思い出す。そして高価なものなのだ。
キャベツ蒸し煮
これはマッルンか。ココナッツで濃く深く、キャベツの甘味が幸せなおかず。
これだけでいくらでも食べられる。日本人もおそらく好きになる味。
ココナッツミルク野菜カレー
これぞスリランカ味、と思っているココナッツミルクのやんわりした舌当たりの野菜煮込み。
さらさらスープの優しい味、これはちょっとたまらない。ジャガイモやニンジンの火の入り具合も実に良い。
ポルサンボル
ココナッツフレークや唐辛子、タマネギなどを使ったいわゆる生ふりかけ。他のおかず同様混ぜて食べる。
これがないと始まらないのがスリランカごはんなのだ。
タマネギの煮物
辛く仕上げてあるが嫌味がない。
これはルヌミリスであったっけか。
ベジミートのカレー
ちょうどマトンなどでやるドライな味わいの香ばしいカレー(煮込み)をベジミートでやっている感のカレー。これ旨い。
ベジミートは弾力強く、串の跡があるのでバーベキュータイプのケバブ的つくりかた、調理か。そう、このプレートはオールベジなのだ。
こういうプレートは基本的には日本人がやる三角食べ、口中調理を皿の上であらかじめ混ぜてやって同様の形にするようなイメージ。全部混ぜるのではなく自分のお気に入りを皿の上で作って食べ進める。南アジアの料理の楽しみだ。なので、先ほど初めに出て来たスープも好みで少しスプーンですくってごはんにかけてやっても良いだろう。
お皿の上の構成要素は多く、なおかつ混ぜ方でいろいろな表情を見せるのがスリランカのホームスタイルプレートだ。
説明をしきれないところもあるし、体験はその人なりの好みで変わってくる。とにかく行って食べる、これが一番正しいのだ。とても楽しい食事になるから。
食後、キリテーをご馳走していただいた。
タップロボーンでキリテーを飲むたびに思うのだが、チャーエーとキリテー、ちゃんと違いがあるよなあ、ということ。
インドとスリランカでは紅茶のスタイルも違うのだ。チャイ、チャーエーはスパイスティ、キリテーはミルクティなのだ。
ついに神田神保町にスリランカ料理という選択肢が。なんともありがたい。
かなり満足感が高い。おかず色々という南アジアの定食はどこの地域のものも大変おいしいが、特にスリランカのものはカツオだしと辛さの中に潜む甘味という部分で日本人の舌によく合うものだと感じている。
帰りしなにカピラさんと短い立ち話。
蔓延するウィルスと外食産業の苦しさのこと、新しいこの店にかける意気込みやこの時節を乗り切る覚悟のこと。
赤米が思いの外おいしくてそのことを告げる。コスト、すごいんじゃないの?と問うと笑っていた。あのお米は神保町店のスペシャリテにするようで、青山の本店と門前仲町店では当面出さないそうだ。それはいい。ちゃんと各支店を巡る意味と楽しさが出てくるから。
カピラさんの正義と情熱がこの難局を乗り越える。
彼の笑顔を見て確信した。