カレーですよ4434(豪徳寺 オールドネパール トウキョウ)軛(くびき)を振りほどくチカラ。

久しぶりに打ちのめされた感で一杯になりました。やっている事も、考えている事も、規格外。

そう、規格外という言い方くらいしか思いつかなかったな。

 

 

カレーですよ。

 

 

良い店だよ、という噂はいろいろな筋から聞こえていました。が、なかなか出かける機会がなかったんだよね。マリさんからもメッセージもらってたのになあ。

それで、仲良くしてくださっているネパール語の研究者、野津先生がお誘いくださいました。うわ、よい機会だよね。一も二もなく連れて行ってもらうことに。

 

「オールドネパール トウキョウ」

 

というお店。

たどりついてみれば、オープンからはや2ヶ月。その2ヶ月間、他の人間がわたしの知らないこの楽しみを知っていたのかと思うと嫉妬を感じてしまう。それくらいの店だったんです。店頭のガラスのディスプレイ棚に並ぶ自家製発酵食品の美しい瓶を見るにつけ悔しさがつのります。

 

皆さんはネパール料理と聞いてどんな店、どんな料理を想像するでしょう。既存の東京にあるネパール料理店の多くはバターチキンもナーンもある、レストランというより食堂的な店。

こういう店もわたしたちの日々の食事に欠かせなくなってきています。

その中でも突出した店、たとえば巣鴨のプルジャダイニングや歴史ある小岩のサンサールなど。オリジナリティあるレベル高い店で、大切にするべき店。新大久保のアーガンなど、ゴチックネパーリなどと呼びたくなるようなインテリアで食事もクラシックなネパーリースタイルの面白いものを出してくれるよい店です。

そんな中、こういう時代なのに欠けていたピースがありました。それが埋まった、と感じました。

それは、モダーンというキーワード。

 

フレンチなどではときに、〇〇のベニエとかソーテなどの名のメニューからフリッターや炒め物が出てくると思ったら宝石のようなものがやってくる、などという体験をすることがあります。ああいうのは忘れがたい。そしてあれと同じ経験をネパール料理でできるようになったというわけです。まったくなんということだろう。

 

この夜はコース。

ささやかなコースではあるのですが、実質はフレンチのそれを超える品数と体験になるんです。そういうふうに見る、とることができる面白さがありました。

敢えてささやかな、と書いたのは何も品書きをすべて書き出せということではないよ、という意味でのささやかさ。そういう意味です。

 

さて、料理。一品目がやってきました。

 

ホール担当が丁寧に料理の名前と内容を伝えてくれます。こういうの、大変に気分が良いね。自ず料理への興味が湧いてきます。大事です。

ネパール料理はどうも茶色くてみんな火が通してあってざくっとした盛り付け、そんなイメージではないかしらね。このお店ではそうではないのです。そういうものもある。そうでないものも世界観として持っている。両方あって、そこに意味があるのです。

前菜が順番に3種。これらはダルバートへの助走だね。いや、3品目はメインディッシュに相当するのじゃないかともおもったよ。

とうもろこしのロティ

とうもろこし粉をつかった、食感が面白く知っているローティのそれよりもしっとり、ふわりとしたローティでした。香り良く、ほんのり甘味が感じられ、その甘みを上に乗ったペースト状のアチャール、どうやら生姜とトマトのアチャールらしいのですが、その味で甘みとは反対側へ引っ張り、バランスさせています。ローティが一番初めに出るのは面白いなあ、と呟くと野津先生がネパール文化の見地から説明を下さる。なんという贅沢な夜だろうなあ。カジャからカナヘの流れと見るということらしい。うんうん!こういうバックボーンを持つ店なのだねえ。圧倒的だねえ。

瓜とメロン サデコ

サデコ、和え物ですね。しかしこんなサデコは見たこともないよ。瓜の青々しい香りとほんのり感じる苦味、そこにピューレとなったメロンを混ぜ、底に沈むほんのりスパイシーな層と混ぜて食べます。そうか、混ぜているよね、いまわたしは。自分で和えるサデコなんだ。思うに、例えばフレンチのシェフがこの店にやってきてこれを食べて、このおもしろさを自店のコースに滑り込ませたら面白いだろうな、など思います。コピーやマネではなくて文化の融合だと思います。そういう可能性の片鱗が色々な場所に見て取れるのがこのレストランの凄みに繋がります。

チキン セクワ

さて、今度はセクワが来た。セクワだよ。グリルだよね。西洋風にいうならスパイスマリネのチキングリルとでも言えましょう。これがまた、、、。また、と言ったまま無言になってしまうようなプレゼンテーションでね。普通の人なら「うわっ!きれい、おいしそう!」で済むでしょう。それでいいんです。

しかしなまじ多少の知識があると「セクワでこのビジュアル!?」と楽しい驚きを覚えます。「これにセクワの名前をつける?」とも取れます。この2層のレイヤーがあるのがモダーンの楽しみ。これは後述しましょうね。とにかく美しく、そして美味しい。たしか敷いてあるソースはキウイのアチャールだったはず。アチャールと言うとこういうイメージではないと思う方も多いでしょう。これも後述だな。

チキンの火の入り加減が実にいいんです。口に運ぶと大きな幸せがやってきます。これは低温調理なのかしら。穏やかな感じの火の入り具合を感じました。

薄めの味付けで、上にも2種乗っている計3種のソース=アチャールを組み合わせながら楽しみます。大変においしい。大変に楽しい。

おいしく美しい料理と同じくらい、そのプレゼンテーションに使われる器も美しい。そういうものを楽しみながら食事を進める楽しさがあります。かつてネパールレストランでそんな楽しみ方を提案されたことがあっただろうか。ないよなあ。ゼロではないけれど、なかったな。

 

いよいよメインディッシュ。

ダルバート。

この晩は3種類のカレーから2種を選ぶことができました。

グンドゥルックと骨付きヤギ肉のものをチョイス。タルカリ、サーグ、アチャール、ライスがついてきます。こんな簡単な説明ではとてもではないが追いつけないくらい、一品一品がきちんと手をかけて作られていることを感じられます。本当にいちいちおいしいの。もちろんそんなふうにひとつひとつ食べていても仕方がないわけで。これはダルバートですから。自分どんどん好みに混ぜてゆかねばね。それで面白さが加速するわけです。冒頭にささやかなコース、と書きましたが、そのささやかなコースのメインディッシュはこの器だけでコースを構成できるくらいの内容が溢れています。

ナスやきのこ、ネギなどが入ったタルカリは唸る美味しさ。あまり強くしない繊細な味付けでいくらでも食べられるなあ。

日本の家庭の常備菜にあってもおかしくないと思います。

アチャールたちはどれも変化に飛んでいて、大変楽しい。わたしはレモンの入った日本でいうところの「チャツネ」的に甘くしたものが好みでね、これにあたってとても嬉しい。

これのソーダ割りとかの飲み物にも仕立てられそうな味。ゴーヤの漬物系アチャールも印象的。思うほど苦味は感じなかったよ。良いアクセントです。

ダール、これがカレーに仕立てていなくて、そりゃあ当たり前なのだけれど、うれしくなります。豆カレーではなくダールなのだからね。ひきわり豆の汁なわけだからさ。

これはね、日本でもカレーと分けて考える位置付けを確立したいものだなあ、といつでも思います。

グンドゥルック、大変に好みでした。酸味はいきすぎておらず、あえて難しくしていない感があります。そして食べ物というのは現地でも味の幅があるのは当然で、その中からこのダルバートにふさわしいバランスを選ぶというのがシェフの腕とセンスなのだとおもっています。そこに、例えばここなら日本の食材が合わさってトータルでこの店の味が作り出されるんです。

骨付きヤギ肉、とてもよいです。

ヤギや羊、その他のジビエなどの肉は扱いが難しいのです。と畜した時点での血抜きや処理その他をきちんとやっていないと鮮度も落ちれば匂いの抜けも変わってきます。そのうえで厨房でやることも多くあるのです。脂の部分のは匂いが強く出るところもあって上手な扱いと処理を要求されます。パキスタンのコックさんにそんなことを聞いた覚えがありました。オールドネパールのこれは、間違いがなく、おいしい。

デザートのクルフィはネパール産のピーナッツを混ぜ込んであるそうで、ざらりとした食感と香ばしさに後がけされたシナモンなどが香りグッときます。

ジュジュドゥはヨーグルト。これも素晴らしかったなあ。濃厚で舌触りの手応え強く、印象的。

 

とにかくどういうふうに食べても美味しく、美しく、そしてなるほど間違えがない。ネパール料理であることに間違えがないんだよ。形を変え、新しい体験を伴い、それでも根っこにネパール料理がある。こんなの初めてだ。

 

先程の話。

アチャールに関してわたしも含め、とかく「漬物」と言う表現が便利でそう言いがちな我々日本人でありますが、こういうソース的なものもあれば肉を使ったものもあるのがアチャールの世界です。漬物ではけっしてはないのよね。アチャールというジャンルの中に漬物的なもの、浅漬け的なものもある、というのが正しいでしょう。こういう話が楽しくできる世界になってこたことに嬉しさを覚えます。そしてこんな話を野津先生を独り占めしておしゃべりするなど至福の極み。うーん、今日帰り道に死んじゃわないように気をつけて帰らねばね。

また、2層のレイヤー、と先ほど書きました。なんのことか。

わたしがこの言葉を使うようになったのは、渋谷にある「エリックサウスマサラダイナー」での経験から。

向こうのテーブルでは渋谷や原宿に遊びにきた女性でしょう。「きれい!おいしい!」を連発していて楽しそう。実際わたしもその通りだよねえ、と頷きながら食事をしています。その向かいのテーブルではどうやらインド料理などのマニアなのでありましょう。友人と「こんな珍しい料理がメニューに載っているなんて!」と大声を出して感激しています。これ、どちらも同じ料理を食べているのですよ。モダーンというものに隠れる可能性というのはこういうことを言うのだ、と強くおもった次第。

食事の後に本田シェフを紹介いただきました。おなかのなかに熱いものを持った男のようで、自分の夢や思いをストレートに伝える好漢。しかもその夢にはきちんと戦略があると感じます。なんだろうなあ、ひとをワクワクさせる熱量みたいなものを感じます。その目指すものや姿勢には頭が下がる思いでした。

こういう男がシーンを変え、作っていくのだろうという予感を強く感じます。

そして思うのは、ここオールドネパールというレストランは例のあの星を狙える素養を持っているのではないか、ということ。台風の目というのはこういう店のことを言うんでしょう。

やっとこういうお店がやってきましたよ、しかも東京に。

確実に日本の南アジア料理は変わってきていることを実感します。

 

南アジア料理という小さな軛(くびき)をしなやかに振り解いて進んでゆくのでしょうね、このお店は。