たまに地方でものすごいお店に偶然出会うことがあります。今回、そういう中でもひときわ大きな驚きがあったお店を、諏訪大社本宮の参道そばにみつけました。ちょっと言葉にならないくらい美味しかった。ちょっと言葉にするのがもったいないくらい快適だった。
カレーですよ。
そこはネパール料理とお茶が用意されるお店でした。
前知識なしで行ってみると、古民家カフェでした。いや、古民家カフェという言い方で括りたくない良さがあるんですよ。そんなのでくくったらもったいない。
「スパイスカフェ アナンダ」
という名前。
古民家を使う飲食店が増えましたが、やりすぎやおっつけ的なお店もあって、残念な気持ちにさせられることがあります。古民家なのに新しい、はどうも居心地がいいのか悪いのか。
ちゃんとそこでの暮らしの跡がきちんと残っていないと意味がないと思うんです。そういうのが快適です。
この店はそんなうそっぽいところが一切なくて、自然な雰囲気がとても心地よく大変にセンスがいいんです。かといって時代考証に拘りすぎてそちらに振り回されたりもっともっととアンティークを詰め込んだりしていない落とし所の良さを感じました。
洒落た照明、アンティークの天板にモダンなアイアンレッグを換装したテーブル、押し入れの使い方、そういうものもやりつつ上手な融合があって。見どころがたくさんあるけれどそこにちゃんと一体感があるのがね、たいへん素晴らしい。
メニューはダールバートが基本になっています。ネパールの定食。それを基本にメインディッシュの煮込み料理(カレー)の種類を増やすセット。逆にタルカリやアツァール類(おかず、漬物)をカットしてバートと煮込みのみ組み合わせ、シンプルに削ぎ落とした中で価格を3桁に抑えた戦略メニューもあります。
ここらへんはずいぶん悩まれたんじゃないかと思うんです。山梨でもそういうお店に行きあたった時がありますが「これはカレーである」とお客が考えたときに都市部ではない場所だと「カレーに4桁は高すぎる」なんていう人もまだまだ多いわけです。
いや、東京にだってそこら辺を理解できない人は多いですよ。それを踏まえて戦略価格のものも出して、そこを入り口として次回のダールバートにつなげる。このお店はそれができるパフォーマンスを持っています。どの煮込み料理もすごく美味しい。ものすごいんです。また来たい、他も食べたいという気持ちを持って帰らせるにあい相応しい味。
暫し悩んで、
「Bセット」
に決めました。
メインはチキンとマトンの2種に決めます。ベジは同行の妻が選んだので味見させてもらうことにしました。
ゆっくり待てる穏やかな空気が流れています。天井の梁や柱を眺めたり、開け放たれた縁側の向こう側のお庭をのぞいたり。押し入れを棚にしたコーナにはオリジナルの実に可愛いペイントが施された小物やポストカードが置かれており、それを買って帰ることもできます。いい感じだなあ。
カレーやさんでしょ、だったらごはん盛ってカレーかけてさっと出てきていただきます。そういう思考のひとは行っちゃダメです。もったいない。それ、間違ってます。
さて、やってきたダールバートが、これがもう大変に素晴らしいものだったんです。ちょっと自分の舌を疑うくらいおいしかったんだよ。
マトン
とにかくエッヂを立てた強い塩の使い方が印象的でね。うーん、マトン、うますぎるぞこれは。お肉の使い方がすごく上手で味付けが素朴なのに繊細さとワイルドな感じが同居していて、これはほんとうに圧倒されました。いやなクセはまったくなくて、もう少々野性味があってもと思うところもあるんだけど、そういう意見を凌駕する洗練と着地点がありました。完璧に完成しているんです。完成度がすごく高い。大根がものすごく柔らかくてものすごくたくさんのマトンの旨みを吸いこんでいて、食べると気絶しそうになるんだよ。これと白メシだけでぶっかけのものをガバガバと食べる体験などしてみたいなあ。ちょっとこんなにうまいマトンの料理を他に知らないです。
チキン
こちらもびっくりするほど滋味深いチキンのスープに心を持っていかれます。ガラの部分もどんと入っていて、そりゃあ旨くなるだろうというやり方、作りに感じました。繊細な鶏出汁なのに旨味の輪郭がはっきりしていて、しかも塩辛すぎるとか薄いというのがない、全く隙のない味のチューニング。ああこれ、鶏の良いところ全てが抽出されて、つまっているんだな。具材としての鶏自体もきちんと手応え感じる味で所在ない柔らかいだけでぼんやりしたものではまったくない、良いものが入っていました。うわすごい、すごい。
ダール
優しく、ちゃんとカレーではなくて豆スープに正しく仕上がっているのがうれしいダールです。おかずと組み合わせると実力がぐいっと出る味。これだけで食べると口当たり優しく穏やかなのに、他のものと合わせるとじつは強く存在感があって、合わせる量をうまくやらないとその豆の存在感に他のおかずが飲み込まれるという実力派。ちょっと驚いちゃいますね、これは。
おかず類もみんな素晴らしい。
オクラがとてもよい味付けで、食感も楽しかった。これ、好みです。
タマネギのアチャールの酸味が実に具合がよくて、どこに合わせても良いアクセントになります。よくあるあの赤いやつとはちょっと違ってて、そこがいいね。
タルカリの、菜葉の炒め物、葉物の青々しさとよい香りでエッヂが立っていますが、嫌味がない、大変なおいしさ。
ミックスのアツァールは大根、にんじん共にパリパリと気持ちのいい食感で食欲が刺激されてたまらない気持ちになります。アルコもムラコもみんな好き。ネパーリーアチャール大好き。
ペーストタイプのアツァール、ナッツかなと思ったけどこれはゴマの様子。これとてもおいしい。他のシチューやおかずに混ぜて味の膨らみを出すことも容易にできます。
どれも味や食感楽しく、組み合わせをどんどんやっていくと西洋料理のコースに匹敵する食体験が得られます。本当にすごい。
思わずこういう顔になってしまうのです。素です、これは。美味しさと快適にやられた素の顔です(笑)
帰り際に少しだけお話を聞くことができました。
奥様は日本の方。旦那様はネパールの方で厨房を回してらっしゃいます。どうやら去年の冬にオープンして、そろそろ1年。地域的にダールバートの名前や成り立ちを知らない人が多いそうで、わたしのような客は珍しいようです(笑)
店内のオリジナルデザインのポーチや雑貨などのセンスの良さ、セルフでもらうお水を諏訪明神の御加護のもと流れる神宮寺の自然湧水、岩清水を用意するなど楽しいこだわりが随所に見られてとにかく素敵だし快適だし。
この場所でこのパッケージでこのお味。おふたり、なにか名のある方では、と口にでかかったのですが、そんなヤボなこと聞いちゃいけません。
この場所に、この素晴らしいお店があることだけで十分だから。
ここだけのためにまた必ず諏訪までやってこようと思わせる本物の実力を秘めるお店です。
本当に、ここだけを目指して諏訪を訪ねよう、早々に。