ヤサカ、随分と久しぶりになっちゃったなあ。嬉しい再訪です。
カレーですよ。
通う、という言い方はおこがましいのであれですが、わたしからすると遠隔地であるわけですが、どうしてもいつでも気になっていて行きたくて、という思いがあります。
本当に好きな場所。好きなお店、ではなく「場所」と書きました。ただお店があるのではなく、場所、空間含めての
「カレー処 ヤサカ」
なのです。
心和む不思議な場所。元々は工場、倉庫などがあった(建物は一部残っており再利用されています)広い場所にいくつか残る往時の建物。それらを使っていくつかのお店が身を寄せ合うようにここに集まっていました。
そんなお店たちや、ちょっとした催し物、ワークショップなどできる場所などになっていて、なかなか色々な場所を探してもこの空気と同じ所は無かろうな、という独特のものを持っていたと思います。
・ 「Pooka」寄せ植えと雑貨。https://www.instagram.com/pooka_yoseue
・ 「zePetto」アンティークとハンドメイド。http://zepetto.hamazo.tv/
・ 「GEE」アメリカ雑貨。http://geestore.jp/
・ 「アメオト舎」雨具と文房具と雑貨。https://ameotosya.web.fc2.com
大きな送電線の鉄柱があってその麓に店たちがあるというのも面白くて気に入っているんですよね。過去形で書いているのは、そういうことなのですが。
以前、ここのマダムとお話をしたことを覚えています。
庭先の大きな動き。奥にあった男性衣料雑貨、センスのすごくいいセレクトショップ「Gee/ジー」がいつぞや店を畳みました。それを機に少し敷地を縮小することに決めて、という話し。建物の前に大好きだった木からぶら下がったブランコがあったんですが、あの木が無くなったのを知った時はショックだったよなあ。でもね、建物も、あの木もきちんとお祓いをしてあげてから取り壊しになったとマダムから聞いて少し気持ちが楽になったのを印象深く覚えています。
「Pooka」もなくなり「アメオト舎」は移転。しかし、そのなか「カレー処 ヤサカ」はちゃんと残ってこの場所の空気を往時のまま保ってくれています。本当に、とても尊いこと。とてもありがたいこと。
平屋のちょっと色褪せたイメージの建物で、それが実にこの場所の空気とよくあっていて、いや、この空気を作っているのが「カレー処 ヤサカ」そのものか。そうか、そりゃそうだな。
店内、とても落ち着く空間です。扉を入ると変わらない雰囲気に心底ホッとします。少し改装とか綺麗にしたりとかあるみたいだけどほぼ変わってないね。ああ、ホッとする。お店を回す人たちは知らぬ顔の若い人になっていて、少し不安がよぎりました、が。
マダムのご主人が東京で食べ歩いていた時期に惚れ込んだ銀座の喫茶店「ブラジル」の味を基準点に独学で形にしたカレーがヤサカのメインメニュー。エッジのたった香りと味を記憶しています。そこから派生したのが
「ヤサカカレー」
いつでも迷いに迷って結局いつも通りに「ヤサカカレー」を頼んでいるんだよ。
カレー、カルダモンの香り弾ける青々しい爽やかな香りが大きく広がります。
意地悪さのないストレートな辛さが舌をここちよく刺激してくれるのもね、そうそう、これだな。ああ、おいしい。
クセになる、とろけるポークのブロック肉。甘い脂身にうっとりします。やはりいいものだなあ。付け合わせのキャベツはクミンと塩で決めた強めの味で良いアクセント。自家製のピクルスも美味しい。シュッとした葉っぱが1枚添えられるのがね、ヤサカで食べている証。変わらない嬉しさがありました。
妻は「豆カレー」を頼んでいました。ひよこ豆キーマという感で、これも香りの広がりが素晴らしい。同じヤサカ生まれなのがわかる味の方向はまさにDNA感じるもの。感激します。豆の食感ポリポリとよく満足感が高いな。なんでもバングラディッシュ風の仕立てのようです。
オーダーを取ってくれた女性と少し話したら驚くべき話がたくさん飛び出しました。
実はマダムはもう引退なさっていたこと。この話をしている自分はマダムの娘であること。マダムのご主人、初代店主がもともと作っていたカレーの味に先祖返りさせていること。カレーを作っているのはマダムのお孫さんで、彼は2歳の頃から店にいてその味と香りを覚えていること。匂いの感覚がとても鋭く、それをもって初代店主、彼にとっての祖父のカレーの香りの記憶をもとに再現していること。これには驚いた。カウンターの中のお嬢さんも家族なのだとか。なるほどそうなのか。
ヤサカのカレー、レシピのないところから再現するのはかなり困難だと思うのです。それというのもオリジナルが喫茶「銀座ブラジル」であり、そのお店はもうこの世にはないから。実は浅草にその分家の「銀座ブラジル 浅草」が今もあるんですが、惜しむらくはカレーメニューは存在していないんです。自分の足で調べに行きました。ルーツを知ろうと思ってたんだけど、そこで行き止まりでした。
レシピと味は途切れ、失われてしまっているのです。それを記憶で再現というのは驚くべきことだと感じます。
そんな流れの中、家族はそれぞれ他の仕事をしてらっしゃったわけですが、マダムのご主人の死後、みんながヤサカに集まって仕事をする様になっていったそう。「まさかそんな事になるなんて考えていなかったんですよ。」とマダムの娘さん。そうやって「ヤサカ」は親子三代で今も続いているのです。
そんな話をしているうちに「ちょっと待っててくださいね」とカウンターの奥に消える娘さん。戻ってきた時にはその手にプリンが2つ。「食べてみてください。」とにっこり。なんでも今日はいらっしゃらないマダム(お店にもたまに顔を出していらっしゃるそう)、じつは静鉄百貨店の催事にプリンで出店、お店番なんだとか。そうか、お元気なのか。なんとまあ、嬉しいことだろうか!
プリンは娘さんが作っていて、これが実にいいプリンなんですよ。すごいおいしいの。
非常になめらかで甘さはすぎておらず。カラメルの苦味が印象的、バランスがいいんです。クラシックで大変な美味しさでした。「カラメルソースは一気に大量製作できないからなかなか大変なんですけれど、その分たくさん手を動かして数をこなすと上手になりますから。」と。とても感じがいいよなあ。こういう人が作ってるからこんなにおいしいんだよなあ。
いろいろとお話ができて本当に良かったです。
こういう世代交代、こんなに幸せな家族間での継承は現代の個人商店に於いてはそうそう望めないでしょう。悲しい閉店や廃業の話ばかりの最近です。そんななかで、たくさんの温かい想いを見せてもらって、ただただもう、うれしかったな。
マダムにもまたお会いしたいものです。
行けてないロストコーナーにもいかなきゃだし、ちょこちょこいかねばね、静岡。