カレーですよ5491(渋谷 いんでいら)昔の渋谷の空気。

とても久しぶりで、その久しぶりで気づいたことがあるんです。メシのことであるぞ。渋谷におりました。ムルギーはお休みでした。

 

 

カレーですよ。

 

 

随分と間が空いてしまったなあ。わたしは長いこと「なるべくらいろいろなお店に数多く行きたい」と思っていました。最近はそういう気持ちは以前ほどではなくなりました。

探究心や冒険心がなくなったわけではないよ。遠くに行く旅もあれば近くだけど深くまで降りていける旅もある、ということ。

渋谷の

 

「いんでいら」

 

にやってきたんです。「いんでいら」はメシがきちんとしているんであるよ。ぱりんとしていてカレーによく合う、つぶつぶを感じる舌触りと喉越しが気分のいい良ライスなのです。なるほどこれいいな。ごはんがいいな。昔からこうだっけ。こうだった気がする。

最近ジャパニーズスタンダードなザ・カレーライスを欲することが多いえんですが、その中でちゃんと米に、メシにこだわるお店があることに気が付きます。好感が持てますねえ。コメあっての、メシあってのカレーライスなのだからね。

柏ボンベイの各店はメシがちゃんとしていると思います。新川デリーも「おっ!」と嬉しい声が上がるメシ。秋葉原末広町の「ジャンカレー」もいいんだよ。高い安いではなく「ちゃんとやってる店」はメシがうまいと思う。

さて、と。カレー、

 

「カシミールカレー」

 

で野菜カレーを頼びます。そういう名前だけど、上野とは違うんだよな。おもしろいんだよ。カシミールという大辛口のアレとはちょっと違うのであるよ。ここんちでは「カシミール」の上にもっと辛い極辛の「ベンガル」というのがあるのです。「ベンガル」がここの大ボスということになります。序列が上野とは違うんであるよ。上野にも「ベンガル」はあるんだけど、辛さ方面には持って行ってないやつです。

で、「いんでいらのカシミールカレー」の辛さが実にこう、わたしにとってちょうどいいのです。

酸味と甘うまの味、その酸っぱさの奥の彼方からズーンと辛さがやってきます。舌に居座る感じのドスンと重い辛さ。しかしその重さで潰れるほどではないというところにうまく調整してあってね、これがどうにも実に巧妙。辛いんだけど次の一口が欲しくなるようなベストチューニングを施してあります。

 

いやあ、いいなあ。久しぶりに食べて「そうだった。これだよこれ。こうじゃないと!」と心の中で快哉を叫びます。しかもおやすい。代替えが効かないのだよ、このお店はさ。

店の外は2025年の渋谷。訳のわからぬ種類の、多すぎる人間が無秩序にふらふらと歩き回り、行く宛もないたむろする者と交錯して混乱を極めています。そんな混沌の中にあって、ここ渋谷の「いんでいら」には外の空気は入り込まないのです。昔の渋谷の空気がしっかり残ったままで、そのままで営業してくれています。

マスターも歳をとった様子がなぜだかなくて、メニューの値段もなんだか安いままで、もしかしてここは外の空気=時間が入り込めない構造なのか、と訝しんでいるのです。あの階段を降りて、そのまままっすぐもうひとつの短い階段をおりて牛たんの「ねぎし」で2025年の普通の食事をするのか。それとも後ろをふりかえってアナグラのような「いんでいら」に降りて時間を遡ってみるか。その選択で自分の時間の流れや何やらが止まるのではないか、などと思うのです。

わたしが病気か何かで死にかけたらここにきて時間を巻き戻し、「カシミールカレー」を食べながら延命しようと思っているよ。