カレーなしよ(自作 焼肉弁当)なぜだかプラの弁当箱に詰める。

空の弁当箱があったのです。それで、その日は高級肉を食おうと思っていました。

 

 

カレーなしよ。

 

 

ひとりでストレスと戦う時、お肉がたまに味方になってくれます。いつもより少し高級なサシ多めのやつね。かといってこの倍の金額までは出せないし、ということで高級肉と書いたけどちゅっくらいのいい肉です。そういうのを食べるんです。腹に溜まるとか舌が喜ぶとか、そっちももちろんあるけれどさ、それよりも「高い肉食った」という達成感や無心に肉を焼いたりする時間がストレスにさらされた「ココロ」に効くのではないかと思っています。食べ物というより行為や時間だね。

それで、いつもだとタッパーに小分けした冷凍ごはんをレンジアップして肉を削いでやって、フライパンで焼きながら、そのまんまコンロの上のフライパンの焼き肉を箸でつまみ上げて食べます。立って食べます。そんなでいいと思っているし、ストレスで食べる時はこんなもんだよ。

 

そして、その日は珍しく変なことを思いついたの。自室の3階へ焼き肉弁当を作って持って行こう、というもの。急に思いついたよ。こういう変なのが急に頭に浮かぶのもストレスからだよなあ。前の日に食べたオーケーストアのカツ重のからの弁当箱を洗ってシンクで乾かしていたんだけどね。リサイクルに出すためにやってあったんですが、それを見て「高級焼き肉弁当作ろう」と思ったの。

つくるもなにもないんです。ただもうメシを敷き詰めてその場で焼いた肉をタレをくぐらせて乗せるだけだもんね。キムチも添えてやろうね。ほら、出来た。

お弁当の何がいいかっていうと、タレのしみたごはんなのであるぞ。そこに尽きる。言い切りました。でもそう。お肉が主役ですが、そういうことになっているけど、でもそれは違うの。タレごはんなのだよ。なんなら肉なしタレごはんでもいいくらいですが、このタレってやつにね、肉の脂と旨みが加味されてなければこの至福はやってこないわけです。悩ましいなあ(悩ましくない。肉を乗せればいいだけのことだ)。

そうやって完成した自称「高級焼き肉弁当」、なんだか訳もなく満足だったこの幸せはなんなんだろう。人の作ったお値段びっくりの高級焼き肉弁当ももちろん憧れですが、自分で作る、想定内、もしくはそれよりちょっとおいしいくらいの「ちょうどいい」焼き肉弁当は心の隙間をきれいに埋めてくれます。

 

お仕事に戻ります。