【ブックレビュー】写真についていろいろ思うところがあった、「フィルムカメラ・ライフ2021-2022」

鈴木さんとは毎月一度、必ず会っています。それがはや10年続いています。連載の仕事で写真をお願いしているのです。いや、もともとはね、そろそろ120回が見えてきたわたしの月刊連載、鈴木さんが作ってくれた企画なのです。もちろん編集長の西永さんともいっしょに作ってきました。3人4脚です。

なんだかかんだかカメラマンをやってもらっちゃっているのですが、これはもう破格に贅沢なことなのです。

 

鈴木文彦さん。フリーのエディターで写真と映画のライターでもあり、 写真家です。自分で写真雑誌を立ち上げたり、フィルムカメラのムックを製作したり、写真業界でも多くの人に一目置かれる男。彼が10年間、わたしのカレー連載の取材でカレーと店主とわたしを撮り続けてくれています。もうすぐ、具体的には来年、2022/3/26発売の男性誌「エキサイティングマックス!」2020年9月号で、連載は120回目。10年満了で11年目に入ります。

10年間毎月顔を合わせて一緒に仕事をする謎、フリーランスではなかなかあることではありません。ほんとうに嬉しいことです。

そんな鈴木さんの最近の仕事がこのムック。

 

「フィルムカメラ・ライフ2021-2022」

 

そんなわけで鈴木さんとは毎月会いますす。月刊男性誌の「エキサイティングマックス!」の連載、そもそもこの連載の企画を作って話を進めてくれた恩人です。その鈴木さんから先月号の取材の時に「はぴいさん、これあげます」といって手渡してくれた彼の最新の仕事。

うれしい。こう見えても写真、好きですから。そういいながら、写真を撮っていないなあと反省と後悔がないまぜになって押し寄せます。

確かに枚数だけは増えました。それは、スマートフォンで撮る写真のこと。しかしあれは写真だろうか。そんなふうに疑問に思うことも多い最近です。取材でさえiPhoneで済ませてしまうことも多い。あれは、少なくとも写真作品ではないと思います。もちろん工夫もこだわりも多少はあるにはあるんですが、根っこ、本質のところで追いつかないものがあるな、とどうしても感じるのが本音。iPhoneで作品を作り続ける人も友人にいます。でも彼らでさえその根底はスマートフォンではなくカメラの形をした機械に文脈を置いているのが見える気がしています。

 

スマートフォンを使った写真は表現したくて撮るものではなく、単純に記録だけしてゆくものになりがちです。どうしたものかな、など考えました。そういう部分をどうしたものかな、と色々突きつけられるな。それがこの本、「フィルムカメラ・ライフ2021-2022」を読んでみた感想です。

 

パラパラとページをめくっているうちに面白くなってじっくりと読んでしまいました。

本としてはフィルムカメラ、インスタントフォト、写真カルチャーという括りでフィルムを使う撮影をゴリゴリと主張するというよりもフィルムを使ったからこそ撮れる写真がある、というような説得力と空気感を感じるまとめ方。気分が良い。良い本だねえ。

 

けっこう途中途中でヤバいな、と思わせるページに出会いましたよ。ローライ35のフィルム装填の図解とかもうこれやめて欲しい(笑)どれだけ新宿南口の階段降りたところにあったあの中古カメラ店のショーウィンドウの前で時間を使ったことか。まざまざと思い出します。ガールフレンドの勤め先の社長が貸してくれたローライ35のシャッターを切った時のあのシャリっという音と感触。忘れ難いです。官能という言葉を思い出したよな。高くなっちゃったなあ。当時の5万ほどの価格の頃に中古を買っておけばよかった。

 

ミント社のチェキワイドフィルムを使ったあれもいけない。グッときて危ない。12万出すなら仕事用のミラーレスをリプレイスするべきでしょう、いまのわたしとしては。

エモいとかいう流行り言葉ひとつでものを言う輩は大嫌いです。よいものにはきちんと言葉を尽くすべきだと思っているからね。心揺さぶるものがフィルムを使う写真には、「確実にあるよな」と思います。写真は現在、デジタルが主流ですが「エマルジョン」というおもしろさ。光をレンズで集めて一点に焼き付け、それを化学反応でこの世に像として引っ張り出すという行為にはなにか得体の知れないものを宿す力があると感じずにはおれないのです。

そして写真カルチャー周りもどうにも魅力的で困る。

 

カメラはいいな。写真は楽しいよな。

この間、神保町で写真を撮って歩いたのも影響しているかな、今日の文章は。