春は別れの季節です。わたしは吉野家でお別れを告げることにするのです。
カレーですよ。
4月、たしかそろそろ齋藤店主監修のあのカレーが終了するタイミングではなかったかしら。在庫無くなり次第で順次、かもしれない。4月末までの表記があったかもしれない。
「「SPICY CURRY 魯珈」齋藤店主監修 牛魯珈カレー」
を記憶に残すために食べておかなければいけないのです。例のよく出来の、「ヨシギューカレー史上一番スパイシーで一番吉野家の世界観から離れているカレー」だと思っているあれのことです。褒めているんだぞ。
期間限定で今年1月16日にスタート、提供期間は3ヶ月となっていました。期間限定メニューで3ヶ月続くのは異例に長いと思われます。その提供期間を終えて、あのスパイシーで苦味の切れ味も心地よいカレー、いよいよさよならなんであるよ。
結構な回数、食べているんだよ、これ。素直においしくてね。
どうもちょっとパッとしない印象の吉野家のカレー。仕方がないと思っとりました。カレーだけ飛び抜けてしまっては吉野家としての世界観から逸脱してしまうからね。だから。、それではいけないのです。わたしもそりゃダメだろう、と思うわけだよ。吉野家のカレーに関しては。なのにこれ、この味。この看板で思い切ったなあ。たいした英断です。吉野家の開発担当さん、ハンコ押した決裁権持ってる人、どちらも偉いです。
でね、何度食べても、初見の印象からは変わらないんだよね(笑)。
「あっこれヤバい。よく出来だ。ちゃんとカルダモンやクローブなどの香りが立っている。」
というもの。そして、
「なんか、遠くに、、、いや、わりと近くに魯珈じゃなくてエチオピアいるぞ(笑)」
そこからの、
「でもヨシギュービーフと合わねえ(笑)」
ってね、必ずくるんです(個人の好みの問題です/笑)。なにしろあの吉野家の牛丼のおにくに合わせて味のチューニングを、なんてのは至難の業だと思うんだよ。その存在感が大きすぎるから。舌への記憶が強すぎるのです。なので、致し方なし。
わたしからみると、今回の「牛魯珈カレー」はそういう崩しがたい吉野家の世界観へのカウンターなんではないかと考察しているのです。キャッチコピーには「吉野家の牛煮肉に合うトマトや玉ねぎの旨みを味わえる本格的なスパイスカレーです。」などヌルいこと(スイマセン)が書いてあるんですが、開発の担当さんの腹の中には「うちの肉とハーモニーとか無理。だからもう逆張りでイク!」みたいなのがあったんじゃないかと勘繰っているのです。どうすか?開発担当さん!(笑)
カレーも牛丼肉もどちらもうまいし素晴らしいわけです。だから、あえて別で食べるんです。初めから一貫してイメージは変わらなかったな。齋藤店主のセンス光る一品で、開発担当が相当頑張ったなあ、という感。いいものです、すごく。今月で終わったしまうのが惜しまれるなあ。半定番でたまに季節ごととかに出して欲しいです。
と、書いたりしていると。これであるよ(写真参照/笑)。
いや、めでたい。もう少しの間、あと何回か、楽しもう。