松屋のごろごろ煮込みチキンカレーには言いたいことがあるわけですよ。
カレーソースが少ない。もっと欲しい。
カレーですよ。
それはさておき、これは多分結果そうなったのだと思うんですが、松屋のごろごろ煮込みチキンカレーはインド料理に似たところがある気がしてるんです。カレーなんだから当たり前じゃん、というのは見識不足。そこら辺は長くなるので割愛するけどね。そのうちまた別で。
それで、なぜそんなことを思ったかというと、「インドにインドカレーなし」という話しあたりから。
日本に和食という名前のメニューがないように、インドにはインドカレーという名前の料理はないわけです。最近ちょっと流行ってる言い方で、意地悪でわざとそういう言い方をしましかけど、最近流行ってるわけではなくて、もともとそういうものだということ。
これは郷土料理として捉えるとわかりやすいと思っています。要するにインドのカレーと日本人が考える料理。
日本人から見て「これは汁が少ないカレー、これは緑色のほうれん草のカレー」ではなくて、それは野菜の炒め煮、ベジタブルジャルフレージで、緑のはサルソンカサーグで、という話しです。
日本人のフィルターを通したくくりかた、「通称、カレー」と呼ぶ呼び方ではなく、野菜などの油炒めだったり芥子菜の煮込みだったり、元々の言葉で意味を見ていくと、食材名と調理法の組み合わせの、日本でも当たり前の料理名であることに気づくはずです。
で、話し戻って、
「ごろごろ煮込みチキンカレー」
カレーソースが少ないよなあ。
インネパと呼ばれる日本で独自進化をした主にネパールのコックさんが作るカレーがあります。
はじめは現地料理や料理を覚えた国のスタイル(ネパール人のコックさんたちはインドレストランで料理を覚えることが多かった)でしたけど、当然商売であるから工夫をしていきます。日本で商売はじめたけどなんで売れないんだろう?どうしたら売れるかな?という視点。そこから日本人が好きないわゆる「バターチキンカレー」にたどり着き、それを改良してゆくのも当たり前の流れと進化でしょう。
もともとはそれほど量があったわけではないカレーソース、グレイヴィ部分。ジャパニーズスタイルカレーライスと比べると相対的に量が少ないことで損をしていることに気がつくわけです。日式カレーライスと同等に売れるようにするにはカレーソースを増やさねば、と思いいついて現在の形になっているのではないかしら。甘さの部分も然り、かもね。
そんな中で松屋のごろごろ煮込みチキンカレーはまるで先祖返りのように、ソース少なめ、具材は種類少なく(インド亜大陸周辺料理では具材は1種であることが多いんです)量多く、でこれはインド料理に回帰しているではないかしら、など楽しい勘違いをわざとしてみたりするわけです。
そんなことを考えながら食べる松屋のごろごろ煮込みチキンカレーの食体験は、わたしだけのお楽しみ。
おいしいのは間違いありません。