カレーですよ4497(豪徳寺 オールドネパール)ネパール食堂ではない。レストランとしての楽しみがある良いお店。

すでにそうなのかもしれないんですが。

豪徳寺というこの町を代表するレストランといってもいい存在感が漂う店があります。旅がバックボーンにあるレストラン。なにをやっているのか。なにをやりたいのか。そういうことが明確にわかるレストランです。

 

 

カレーですよ。

 

 

先回、見事に打ちのめされて帰ったあの夜のこと、忘れ難いな。あまりにも強い世界観と持っている想像力のスケールの大きさ、そしてそれを実現させる力。それらが揃ってしまっていてそのことにこわくなるようなレストランでした。

ここはネパール料理のレストラン。皆さんが知らないタイプのネパール料理のレストランです。なぜかというと、こういうスタイルは本国にもなく、東京にもなかったもの。

ここにきたことがなければ体験していないことになります。名前を、

 

「オールドネパール」

 

と言います。

 

モダーンというキーワード。それをネパールと掛け合わせる。これはとても意欲的で刺激的な行為だと思います。以前も書いたけどね。

フレンチなどでときに、〇〇のベニエとかソーテなどの名のメニューが出てきて、フリッターや炒め物が出てくるなあ、と想像していると宝石のようなものがやってくるなど楽しい体験をすることがあるでしょう?あれと同じ体験ををネパール料理というプロットフォームでできる場所。これはただごとではありません。やっとこういうものが、こういうレストランが、という思いが込み上げます。

この夜のコース。お客さんからの意見等を聞いて、前回のコースよりも前菜の数を増やし体験のボリュームアップを図るブラッシュアップがなされています。すごかった。楽しかった。

前菜が3種から5種になっていました。これは去年のコースメニュー。どんどん変わっていくので見逃せません。

ホール担当がきちんと料理の名前と内容を説明してくれる楽しさ。こういうのがネパール料理であるなんていうは本当にうれしくなります。

 

さあ、食事です。

 

ヒエのロティ

ひと品めがロティという構成は変わらずです。それはつまり理由があるんですね。前回ネパール語の研究や教育に携わる野津先生がネパール文化の見地から説明を下さいました。わたしはパン類、主食が一番初めに出るのは面白いと感じたんですが、カジャからカナヘの流れと見るからこれはネパールの食事として正当ということらしい。おもしろいなあ。

カナはごはん、メインの食事の意味でカジャはおやつの意味で捉えているようです。1日2回の食事を基本とするネパールの食文化。その2回はごはん、お米を食べる食事は本格的な「食事」として捉えて、他の朝食や間の軽食は「おやつ」として捉えるそうです。おやつにはコメのメシは食べない、ということかな。つまりどんなにおかずが乗っていようがパン食はごはんと同等ではないという感覚かしら。

これ、わたしは感覚としてすごく賛同できます。わたしも根源的にどこかパン食を疑っているところがあるんです。食べた気がしなかったり、もう少し別のもの、つまりお米のごはんが欲しかったりします。満足という点で「食事」をした感がないと思ってしまう。これはアジアの人間の根源的な感覚ではないだろうか、なんて想像します。ただの1品目でそんなことまで考えさせる面白さがあるわけです。こういうバックボーンを持つ店なんだよ。

ものとしてはネパール産のシコクビエの粉で作った薄焼きパン。ヒエを使った雑穀ロティというわけです。現地の食堂でも出てこない家庭料理からの引用なのだそう。厳しい育成条件の山間部では雑穀が主流を占めたりするというのは納得できるし興味深いです。そんなお話も聴きながら食べられるのはちょっと至福の時間でしょう。

 

南瓜のタルカリ

タルカリと聞いて何を思い出しますか?ネパール料理をちょっと知っている方。言葉の意味は「おかず」ですよね。

炒め物などが思い起こされることが多いと思うんですが、ここオールドネパールでの解釈、スープ仕立てで用意されます。うん!眼から鱗。

そうか、こういうのもタルカリで括ってよいのか、そういう解釈か。

千葉産のバターナッツ南瓜を使用、シンプルなスパイスと塩だけの調味で素材の美味しさを引き立ててあります。添えられた生のカシミリチリを使ったアチャールは混ぜてやるとよい感じ。

ちょっとどう説明するのか迷う、面白い味わいで、これはぜひ実際に食べてもらいたいものです。

 

里芋とウラド豆のマショウラ

 

マショウラはネパールのベジミートのこと。現地では乾物に仕立ててあって、それを調理して食べます。野菜類、芋、豆、芋がら、大根などの素材を乾物にした、これもまた厳しい生活環境の中で生まれた保存食の一種です。

すごいのはこのマショウラをわざわざ里芋と黒ウラド豆から厨房で手作り。黒にんにくのアチャール、発酵風味の泡を添えて提供されます。

ソースを泡に変換する手法はご存知、いまはなきエルブリの料理長フェランアドリアシェフが生み出したもので、いまではフレンチのレストランなどで多用されるようになりました。エスプーマと呼ばれる手法です。

これを使うやり方、これにもちゃんと意味を持たせてあります。現地でのマショウラは乾燥の段階で発酵の風味がでるのですが、フレッシュ仕立てのレストラン厨房で完成するマショウラはそこが不足。それを発酵風味エスプーマを添えて現地の味を表現しているんです。なんという面白さ。

やっていることはかっこつけではなく、訳がある。凄みのようなものを感じてしまいます。

 

グンドゥルックのアチャール

このプレゼンテーションにも大いに混乱しました。

アチャールというものの世界観はなかなか日本人には理解しがたいところがあると思っています。甚だ暫定的、限定的に呼んでしまったインドとその周辺国にあるお漬物のようなもの、という解釈。そこに縛られてしまっていることを感じています。

日本人は肉で漬物を作る感覚はありません。保存なら肉は佃煮にしますよね。

漬物、佃煮、たれ、そんな要素を全て内包するのがアチャールだと最近では思っています。認識がはっきりしたのはオールドネパールができてからではなかろうか。そうも思っています。

このメニューのきっかけは、キッチンでアチャールを作るとき、刻んだ野菜やスパイスをボウルに入れていくときに気づいた曼荼羅のような美しさ、そして重なる香り。作り手だけが知る楽しさをホールに開放してやろうという試みなのだそう。

テーブルで混ぜて初めて完成となる料理。そしてアチャールという名前ですが、サラダの役割も果たしているのが面白いですね。

ポークセクワ

スパイスマリネのバーベキューでタンドリーチキンなどとも近似性を持つセクワ。本来は直火、炭火で仕上げるワイルドなものです。屋台料理に近いところもあるからね。

それがオールドネパール のフィルターを通すと写真のような上品な仕上がりとなるわけです。ポークを炭火で香り付けをしたのち低温調理で柔らかいままゆっくり火入れして仕上げてあります。ちょっと官能的な舌触りに香りはおやっと思わせる香ばしさ。トマトのアチャールとフレッシュコリアンダーのアチャール、これはソース仕立てになったものですが、これらと上品に振りかけられたティンムル(ネパール山椒)を好みで合わせてやって食べるスタイル。なんとまあ、凝ったものであることか。

おいしく美しい料理と同じくらい、そのプレゼンテーションに使われる器も美しいのです。そういうものを楽しみながら食事を進める、かつてネパールレストランでそんな楽しみ方を提案されたことがあったでしょうか。

これらの料理に使われる美しい器はひとつひとつこだわったもので、笠間で作陶されている作家、桑原典子さんへのオーダーで作られたもの。いわく「ネパールの土の道のようなマットな茶色の釉薬に 縁の加飾でキリッとした印象が加わり、パクタプルの古い街並みを思わされます。」という説明。いろいろと細部まで思いが深いなあ。さて、ここでメインディッシュに行きます。いえ、お肉がそうとも言えるのですけど、やはりこちらではないでしょうか、メインディッシュ。カナを楽しんだ後のカジャ、という構成です。

ダルバート

ですね。ネパールの定食と表現されることが多い、メインの食事です。

ダール

ライス

猪カレー

チキンカレー ドライタイプ

本日のタルカリ

本日のサーグ

本日のアチャール5種

全体で言うと、おかしな突出したスパイスや尖った味はなく、しかし個性は非常に立っている、と紹介できましょう。

なんと言うのだろうね。

音楽や放送のスタジオでコンソールから音を調整していくときにVUメーターの針を赤のレベルの内側にきちんと気持ちよく収めてある感。それを全てのトラックに細かくバランスを取りながら施して全部のトラックをまとめて完璧を期す仕上げ、とでも言いましょうか。山下達郎のレコーディング的、とでもいいましょうか。

全体での完成度が高いんです。一つ一つを味わっても隙がないのですが、最後にやってくる体験の総合的な感覚においてすごくまとまりを感じます。こういうのが欲しかった。

プレゼンテーションは前回とは変わってタール(下皿)にすべて乗るのではなく、タールにはごはんのみ、副菜、汁物、漬物等は別の器から取り分けるスタイルとなっていました。さらに雰囲気があるものと感じます。これはホームスタイル、家庭でのやり方なんじゃないかしら。それを表現してるのじゃないかな。

 

そしてこのコースのメインディッシュ、ダルバートは料理の種類、味の幅、ともにこれだけでもコースを構成できるくらいの内容が溢れています。

前菜はモダンなアレンジ、そしてネパール料理クラシックの部分がこれ。そんな棲み分けを感じます。

 

ネパール産ピーナッツバターのクルフィ

その名前だけでグッとくるよ。ヒマラヤの麓コタンで採れるローカル種の力強い味わいのあるピーナッツバターを使い風味をいかすためのスパイス、ミルク、砂糖だけで留め、仕上げたクルフィ。濃厚なのに上品に感じるよいものです。ああ、もう少し欲しい。

 

Himalayan Moktel  ヒマラヤン モクテル

クルマであったためモクテル(ノンアルコールカクテル)を注文。これがまあよいもので。

緑茶、グレープ果汁がベースになっていました。ネパール産スパイスやヒマラヤ岩塩を慎重なバランスで効かせたフルーティーな香り良いもの。甘さは控えめでオリエンタルな香り立ちが驚くほど食事に合いました。

スタートの飲み物はお茶をもらいました。寒い夜だったからね。これも良かった。

食事の後、本田シェフがテーブルにいらしてくれました。

腹のなかにやりたいことをたくさん抱えた熱い男で、前回同様、好ましい漢だな、と思います。彼には機会を作ってたくさん聞いてみたいことがあります。

マリさんは間に何度も顔を見せてくれて料理の説明や面白い話し、このディナーコースがポカラから西の山間部をイメージしたメニュー構成なのだ、など教えてくれました。

やはりオールドネパールというレストラン、なかなか代替えの効かぬ唯一無二の場所だと痛感します。

カレーのフィールドにはいないフーディーの人々にここが知れたら大変なことになると想像しています。

 

早い者勝ちだよ。