カレーですよ4808(浜松 板屋町 ビストロヒルマン x アンミッカル コラボディナー その2)レストランカルチャー。

さて、ひとつ前の記事ではスープ、前菜、お酒とつまみときて、そこまで書きました。

 

 

カレーですよ。

 

 

なかなかに濃厚な世界で書ききれない感が強かったんです。えりさんが「いつもは持ち帰りのお弁当オンリーでお店をやっているので、コースを設計したりプレゼンテーションを考えるのはとても刺激になりました」とおっしゃっていたのが印象的でした。さもありなん。料理人として次の場所に進む感覚なのでしょうかね。

そんなわけで、2回に分けました。

メインディッシュのターリにたどり着きましたよ。

 

メイン

ターリで提供されるメインディッシュ。そもそもターリでやってくるインド料理はコースがいっぺんに出てくるようなものだと認識しているんですけどね。二回り目のコースが入れ子になっているようなものと言えるんじゃないかしら。とんでもないことだよなあ。そんなふうに考えると楽しみは2倍ってことになります。

 

磐田産プレノワールのアーンドラチキン

 

これがものすごいものだったんだよ。本当に久しぶりに肉ですごいと言うのを感じ、思い知った体験です。まず、鶏がすごい。プーレ(鶏)ノワール(黒)。黒鶏なのです。フランス原産、フランス三大地鶏のひとつでフランスの農務省指定のラベルルージュ貼付認可がされる種なのだそう。それを磐田のフォレストファーム恵里(めぐり)さんという養鶏家さんがが大切に育てています。とにかく食体験が、味が違うんだよ。何度食べても一回ずつすごいと唸るおいしさです。歯ごたえ、手応えが素晴らしいこと、味わいが知っている鶏肉と圧倒的に違うことを思い知らされます。なんだこりゃ馬鹿みたいに普通のチキンと違うぞ。ちょっとおののくような感覚をおぼえました。今まであたしゃあ何食ってきたんだという感。これ食べると後戻りできなくなるね。鶏がご馳走であることを思い知ります。そしてこのすごい鶏をアーンドラチキンに仕立てるという発想がね、すごい。この強い鶏をカシューナッツをふんだんに使う、リッチで濃厚、辛い煮込み料理に仕上げてあるわけですよ。アーンドラ・プラデーシュ州は南インド地域の中でも辛い味付けをすることに特徴があるんですが、コースのバランスを見て適度な辛さに止めてあるのも納得ができました。このすごい鶏の良さを殺しちゃダメだもんね。とにかく奇跡のような一品。えりさん、すごいな。

 

サンバル

豆がかなり溶け出しているタイプでわたしの好みのスタイルです。優しくて美味しくてきちんとお腹に溜まってでもキツくない。ああ〜ずっと食べていたくなるよ。優しく力強いお味はそう思わせてくれます。ドラムスティックが入ってるとさ、めんどくさいのだけれど(繊維部分が噛みきれなくてトゲトゲするものなので、なかをすすって繊維部分は出すんです)でもやっぱり嬉しいんだよねえ。野菜の力がぐっと引き出されている嬉しい野菜シチュー。

 

ワッタルコロンブ

酸味と苦味が鮮烈なひと皿です。干し野菜を使っているはず。なので旨味がすごいです。喉の奥に澱む感じの苦味があるんですが、それがとても面白くてね。ちゃんと個性、要素として成立していて、全然いやではないんです。酸っぱくて苦くてパンチが効いていて、個性あるすごいもの。

 

浜名湖産黒鯛のポディマス

ポディマス、炒り卵にしたりマッシュポテトにしたりする仕立てがあるそうですが、これを浜名湖産黒鯛でやっつけてあって、なんかものすごい。美味しいんです。たとえてみるならインドの鯛ふりかけとでも言えるものじゃないかしら。それもでんぶではなくゴロゴロと粒状でお魚が入る、きちんと食べ応えあるものです。うまいなあ。ちょっぴりなのが切なくもバランスが取れて良い落とし所を感じます。本音を言えばこれを小鉢に一杯もらって酒のつまみにしたいところ。うーん、たまらんなあ。深酒になりそうです。

 

アッパラム

ご存じ豆粉で作った薄焼きのお煎餅。焼くというより揚げるわけですが、これはふりかけにして食べるんです。手で握って細かくすると良いかな。みなさん知ってるよね?

ポンニライス

現地南インドでよく食される中粒米です。現地では高級品ではないのだけど輸入に際して関税やシッピング費用が嵩み、流通量も限られるため日本では貴重なものになっています。最近やっと手に入りやすくなってきたね、まだまだ流通量はごく僅かだけど。ちゃんと現地の料理を出したいというえりさんのこだわりが見て取れます。香りは強くなくて、どんな料理にも合わせやすいのがチャームポイント。

 

インドのピックル

ご存じアンミッカルの主力商品。瓶詰めで販売もされているやつです。日本でいえば梅干しポジションと喩えられるんじゃないかしら。他の料理と混ぜて味を変えるのにつかうものです。薬味ですね。箸休めでほんの少しだけぺろりとやるのもいいと思う。わたしのおすすめはカード(ヨーグルト)に混ぜてやってごはんにかけるという食べ方。クセになるんだよ。

 

ビストロヒルマン特製 フランボワーズタルト

フランボワーズのタルトと胡麻のアイスクリームがのった皿。これがたまらんかった。なんだろうなあ、インド料理のコースだったわけですが、確かに王道のインド料理だと思うんですが、どこかに洗練や枠にとらわれないチューニングがあってね。そこにこのフランボワーズタルトが来るのがとてもいいんです。なんと言うか、納得ができる。きちんとコースが完結するピリオドのようなひと皿です。

 

食事が終わってもレストランは終わりません。

カウンターでキッチンに向かっていて、ホールには背を向けていたんですが、ホールに目を向けると思い思いの洒落た格好をした、主に女性のお客さんたちが静かに楽しそうにしています。

えりさんはもうすでに片付けを手際よく始めていますね。店主の佐藤さんがお客たちの相手をしてくれています。楽しいことに、中国茶の点前を見せてくださってね。香りいいお茶をご馳走になったりしました。席にいる人をを紹介してくださったり、その中の一人の男性が美しいピアノを聴かせてくれたり。

ああ、なるほど、このお店は、この場所は、なんというのだろう。カルチャーというものがあると思う。地域のサロンのような場所なのかもしれないです。それがとても居心地がいいんです。

そして、ちょっと忘れていた感覚を思い出すのです。

オープンキッチンの前のカウンターに陣取ると、コンベクションオーブンの扉が開くたびに色々な香りがふわりとこちらまでやってきて、たまらない気持ちになります。静かにざわめく人たちがいるレストランのホール、料理の説明、新しい皿が来るたびにやってくるときめき。レストランでどうやって楽しんでいたか、レストランにいることはどんなふうに楽しかったのか、ありありと思い知るんです。

それはつまり、そういうものを、そういう世界を忘れていたということ。

この疫病が蔓延してしまった世界。そんな世界で始まり、つづく戦争。そういうものの中で押し流されてしまった豊かさや心の動き、幸せ。文化、と言ってもいいかもしれません。そういうものを取り戻した夜だったと、記憶しています。

ウクライナやミャンマーで戦う人々は、こういうものを取り戻そうと必死なのじゃないのかな、と思うのです。

戦争はひとごとではないと言う理由を見つけた気がします。