【ブックレビュー】幸村しゅう「私のカレーを食べてください」。自分で数冊買ってこれを差し上げたいカレー店の店主が何人かいます。【献本】

「まだ読み始めて間もないのだから色々言ってはいけないんだけど、出だしからすごいおもしろい。すごいガバッとつかまれた。大変だ。」

 

なんてことをInstagramに書いたんですよね。で、書いて、ちょっと移動で間があいて、ふたたび読み始めて2時間くらいで読了。大変な多幸感がやってきてすごかった。

活字を追っかける楽しみを久しぶりに堪能しました。本、ここのところちょっと読まなくなってたな。

これはいただき物の本です。とても良い小説でした。

 

「私のカレーを食べてください」幸村しゅう

 

なんでも「日本おいしい小説大賞」というのがあって、その第2回の大賞受賞作らしいのです。

主人公は若い女性。とある衝撃的な出会いからカレーに夢中になり、カレー店店主になって、大きな挫折を経験して、またそこでカレーに助けられてその道を歩む、というようなお話し。

 

じつは、人からいただく本を持て余す感覚が自分の中にはあると思います。読書家のかたなら尚のことあるんじゃないかしら。

本と食事は似ています。

まず好ききらいがはっきり出たりします。だから食事に出た先で、メニューは相手に合わせず一人で決めたいし、食べ進めるペースも順番も自分の中にあって、自分なりのバランスが生まれます。それを含めて楽しい食事というもの。これ、本に似ているな。そしてうっかりしていました。そんなことを書きながら、わたしは美味しいものをひとに勧める立場であることを思い出します。自分の仕事はそういうものだったねえ。あんまり好き嫌いしちゃいけませんよ、とかいう物言いには気をつけなくちゃ。

 

さて。

 

遠出した先の河原、河川敷にクルマを入れて川を眺めながら夕方、ほんのすこし読むことにしました。冒頭の30ページほどまで読んで、ため息。面白くて仕方なくて、困ってしまったわけです。よし、と思い、日が落ちて文字が見えなくなるまで。もったいないからゆっくりと読み進もうと、もう30ページほど読みました。それで、日が落ちて、面白くて仕方がなくてこりゃあ辛抱たまらん、と。急いで東名上りを飛ばし部屋に戻って。そこから2時間、一気に読み進んだのです。

昔と違っていわゆる「ネタバレ」なんてのにひどく神経質な人もいるので書評というのは書きづらい世界になったのですが、先ほど書いた食事の話と繋がるのですけれど、久しぶりにこの本を間に置いて色々な人と気持ちを共有して語り合いたくなるような、そういう小説でした。つまり、あんまりにもおいしいものを食べてしまって、それを人にすすめたくてすすめたくて仕方がなくなるあの感覚に似ています。

 

なんと言っていいのでしょうか。この小説、いちいちマーカーで線を引きたくなる楽しさとでも言いましょうか。そういうものがありました。著者の言葉の選び方に強く惹かれるところが多くあったから、でしょうね。「カレーライスが生存本能を呼び起こす」なんていう物言いはとても好きだな。

食べ物に対する、ここではカレーですが、愛情だったり大事な根っこだったり、食の喜びや作るときの楽しさ、共通する好きなものを語らうときの輝きのようなものや、そういうものが色々な場所にたくさん配してあって、胸がいっぱいになります。

それと、この人は飲食を知っている、この著者なら気持ちを委ねて大丈夫かな、読み進んでも大丈夫だな、という安心感のようなものを感じたのです。飲食を知っている人の言葉、それを背骨としてやってくる、深い頷き、共感と喜び。そんなものが断続的にどんどんくるのが心地よくて。ちょっとたまらない感覚でした。

 

まず冒頭の生い立ちのあたりから衝撃的で、むずっと気持ちを掴まれる感があります。厳しい境遇の中で出会うカレーライス。先に読み進めたい欲求が急速に膨れ上がります。主人公の控えめながら仕事のできる感じ、若いが腕が立つ人の片鱗が冒頭しばらくして見えてくるのがまたいい。わたしは10年ほど飲食に従事していた時期があるんです。人も使わねばならぬ立場でした。そういう経験を持っている人ならわかる話がたくさん出てくるのがとてもいいんです。焼き鳥屋時代にこういう人にアルバイトで入ってもらいたかったな。自分で動ける、自分で考える人。いいな。

約1/4読んだところでまた感想がでます。「オレなにやってんだ。なんでこの本さっさと読まなかったんだ」という気持ち。せっかく献本いただいていたのに先延ばしにしていた自分を叱りたくなります。それくらい楽しい。

一行一節ごとにたまらない気持ちになりました。いろいろと共感できることがたくさんあって、中盤で一転、大きな事件から違う環境に持っていかれて主人公も自分も気持ちがガクンとさがります。もうその時点で著者の思うがままにあやつられている自分がいるわけです。そうやって振り回されるのが楽しいわけです。

そんな中でやはり主人公はまたカレーに助けられて。食べ物というものの強さや大切さがグッと沁みてきます。

252ページと253ページのあいだは、これはあれだ、映画「ニューシネマパラダイス」の最後の10分のあれだな。泣かずに素通りできないでしょう。

 

若い間借りのカレー屋の店主はみんなこれを読むといい、と思いました。すごい大事なことが書いてあったので。

間借りカレー店のすごい大事なこと。短いセンテンス、数行でしたがこれ書いてくれているのは、えらい。ありがたい。うれしい。間借りにしなかったやり方、結果もいい。著者は本当にカレーのことと、飲食店のこと、カレーが置かれた世界のことをわかって書いているなあとしみじみ思います。

この本の帯を書きたかった。いま書いてもいい。

「カレーが大好きで、カレーを食べるのが大好きで、でも自分では作りません。いつでも「プロの味を楽しむのが一番」と嘯いているわたしが、カレー屋をやりたくなった。」

帯には長いがそういう気分です。

 

「私のカレーを食べてください」という言葉、なんとたくさんの想いがこもった言葉でしょうか。

 

 

追記

印度カリー子ちゃんのレシピ、麝香猫のマスターカレーのレシピは書いていない。よかった、ほっとした。それは書いてはいけないと思っていたので。麝香猫のマスターのカレーの味は読者一人一人の気持ちの中にあるように思えるのです。

 

追記2

この本は印度カリー子ちゃんが繋いでくれたご縁でわたしの手元にやってきました。彼女の新刊「一肉一菜 スパイス弁当」を送ってくださったときに、世界文化社のご担当がこの本もいっしょにプレゼントしてくださったんです。嬉しいご縁です。ブログも書いたよ。

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